とらまぐ-社長ブログ

とらまぐ通信の社長コラムを掲載しています。
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本気で戦ってるか

コロナウイルスの感染や医療崩壊を回避しつつ、経済の停滞を軽減する事は至難であり、どこかが被害を受けるのは免れない事実である。

一方で、感染リスクを背負ったまま対応しなければならない業種(病院、スーパーなど)もあり、経済的な損失はないが感染するリスクと通常の3倍、4倍の忙しさで、相当なストレスを抱えて働く人たちが大勢いる。

 

人類はその見えないウイルスとの戦いと、経済的不安を抱えながら生活しているのが実状で、自分では何もコントロールできない恐怖と戦っている。

 

車の運転やスキーなどで“恐い”と思う時はどんな状況か?

それは自分の意思で『止まれない』『コントロールできない』ことが恐怖につながり、逆にそれさえできる状況であれば何も心配しないで冷静に対応できるのだ。

 

今の世の中はコロナウイルスの特効薬が開発されてないので、「死」という見えない恐怖と戦っている。

「80%は重症化しない」という情報があるにも関わらず感染することをとても恐怖に感じ、どうすることもできず、ただステイホームするしかないのだ。

もしブレーキ役の特効薬があればインフルエンザと同様に考え「死」の恐怖は持たないので、通常の生活が可能になる。

また特効薬がない状況でも収入の心配が無ければ安心して家にいられるのだ。

でも現状では特効薬も、収入補償も、どちらも安心できる状況ではない。

 

世界各国で経済的な面での対策がされているが、どこも十分な補償がされてない。

その影響で失業者が溢れ、資金が底をつき倒産、廃業する所も出てきている。

この状況はリーマンショック以上であり世界大恐慌と同等の危機に陥るとの見解もある。

各国の政治家もできる限りの事はしているが、“焼け石に水“なのが現状である。

ではもうお手上げなのか?

そうでは無い気がする。

借金まみれの日本でも、もっとできることがあるはずだ。

税金をガッポリ取るくせに、緊急事態になったらチョッピリしか支援しないのは何故なんだ。

 

その答えは考える間も無く、すぐ出て来た。

政治家はこの状況でも保証されてるので本気じゃないのだ。

正解かどうかは別にして、保証されてる人は悩む必要ないので、国が崩壊しなければ倒産、廃業、破産なんかは自分に関係無いと思ってる。

「そんな人間に自分の人生を決められてたまるかっ!」国民は声を大にするべきだ。

 

昭和の政治家は命を掛けて日本を成長させてきた。

でもバブルがはじけてからの政治家は、自分の私利私欲の為に動く「意地汚い人間」ばっかりになってしまった。

国の為、国民の為にというのは表向きで、全てが自分の為に動いてるのがあからさまだ。

この事態を踏まえ、考えを改めてもらいたい。

本気で日本を救う為に戦って欲しい。

国民が死活問題に晒されてる状況をまず安心させるのが最優先だ。

そうして国民が潤ってくれば国も繁栄する。

 

本当にこの国を良くしていこうと思ってる政治家がいるなら、その人達で一致団結して国民を安心させてくれることを願いたい。

そして一刻も早くウイルスを排除できる特効薬を開発して、死者をゼロにして欲しい。

 

この戦いはいつまで続くのか、、、

そして人間はこの戦いに勝つのか、、、

これだけの被害が出てるので、無傷とはいかないが、被害を最小限に留めて復活したい。

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【前代未聞】

2011年3月11日に東日本が襲われたあの震災から9年。

同じ3月に「新型コロナウイルス」という目に見えない恐怖が人々を飲み込んでいく。

日本だけではなく、世界中が冷静さを失い、経験のしたことが無い決断を迫られる。

2001年9月11日 アメリカ同時多発テロ

2008年9月15日 リーマンショック

アメリカが大打撃を受けると世界中の経済が崩壊した。

東日本の震災はアメリカに被害は無かったので世界中が不景気になることはなかった。

でも日本は東京の機能が麻痺したことから日本全域に経済を含めた被害が及んだ。

当社もその被害に飲み込まれた。

仕事が急にストップになり、計画停電で事務所機能もストップさせられた。

 

そんな大変な思いをした経験というのは深く心に刻まれるが、この震災で苦労した事はそんなに記憶に残ってないのは復活できたことが理由なのかも知れない。

ことわざでいう「災い転じて福となす」がピッタリの表現で、今まで弱電といわれる通信の工事をメインに行っていたが、停電の影響もあり、太陽光発電、LED化などの電気工事をするきっかけとなった。

その経験が今も生きて受注の幅が広がったのは間違いない。

 

さて、これからが正念場になる。

外出制限、営業停止、登校自粛、イベント自粛、、、

仕事をして生計を立ててるのが当然の経済社会で、仕事ができない、売上が無くなる、外に出れないなど、世の中が止まってしまってはお金があっても食べ物が無ければ生活できない。

何をして生活していけばいいのか。

会社もいつまで給料の保証ができるかわからない。

 

まるで戦争でもあった時のように町中から人が消え、店も閉まってる。

家の食料が尽きても生活できるように今から栽培でもした方がいいのかと真面目に考えてしまう。

店に米が無くなったといえ世の中には政府が確保してる食料がある。

なので食糧危機で飢餓にはならないと思うが長期化すればどうなるかは予測がつかない。

そういった考えやSNSが拡散され買い占めや、パニックが起こる。

 

東北震災の時もガソリンスタンドに長蛇の列ができ、地震直後は店から商品が消えた。

毎回同じ事を繰り返して、そろそろマスコミに踊らされるのは止めるべきだ。

本当に必要な人が手に入るようにするべきで、自分のことだけしか考えない行動は改めて欲しい。

 

こうした被害を受けた時、「怒り」「悲しみ」「苦しみ」などの感情は絶対にある。

家を失い、身内を亡くし、人生の終わりと考える人も少なくないし、生きる気力も無くなる。

だけどこうして生かしてもらえてるのであれば、最低限の生活でもいいかと考えるきっかけであり、本当に自分を見直す時なのかも知れない。

仕事もしないで家にいれば、考える時間は余る程ある。

仕事、生活など色々と見直すことができる。

会社も体制、方向性、新規事業など、作戦を練って、ジャンプする前の時間が作れる。

 

前向きな事ばかり考えていても実際に被害で倒産、破産する人も大勢いる。

自分たちは助かっても、その人達は死活問題。

そのあおりを受けないようにするのは当然だが、1個人、1企業ではできないことが多々ある。

それには国の補助が絶対に必要になる。

全面的な支援は期待できないのと、それを充てにしてはならない。

なぜなら、結局ここで受けた恩恵は自分たちの税金で返すことになるのは間違い無いからだ。

でも、お金を持っている人がピンチな人を助けるという観点からすれば、国が先頭に立って支援し、その後成功してる人や企業からお金を集める流れが一番理想であり、国民同士が助け合える。

 

これを書いてる2020年3月27日時点では 会社も個人も被害は少ないが(学校が休校になってる)これから感染がどれだけ広がり、また収束するのはいつなのか。

特効薬ができるのはいつなのか。

経済機能が戻るのはいつなのか。

 

回復した時点の自分とその環境はどうなっているのか・・・。

誰も経験したことのないこの異常事態。

どうすればいいのか? どのように行動するのが最善なのか?

正解は誰もわからない。

 

でも回復した時点をイメージして、正解を自分で作っていこうと思います。

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<< 卒業 そして新生活 >>

世界的に見ると8月に卒業式があり9月から新年度(新生活)が始まるのが多い様ですが、日本では3月が卒業シーズンで、4月から心機一転というのが染みついていますので、9月から新生活が始まるという感覚には馴染めません。

1月から新年が始まり12月で終わるというのは中国以外では一般的ですが、気持ち的には4月にリフレッシュして「さあ!新しい生活が始まるぞ!」という感じが一番しっくりきます。

 

学校、幼稚園、保育園での生活ではクラス変えや卒業など、新たなる生活が待っているのでワクワク感がありますが、社会人になるとその感覚が殆ど無く、ただ日々を過ごしていく様になってしまいます。

海上自衛隊では長期の海上勤務中に曜日感覚をなくさないようにするため毎週金曜日にカレーを食べる習慣がありますが、土日も仕事がある人は特に感覚が鈍くなりがちです。

テレビやラジオ、電車や道路の混み具合などで感覚的には曜日のズレは少ないとは言え、曜日ごとに変化が無いと感覚が薄らぎ、なんとなく日々過ごしてしまいがちになります。

 

会社では刺激の無い日常にしない為、会議、イベントなどで変化をつけてもらい、モチベーション向上や気分をリフレッシュしてもらう様に心掛けて、何かしら「つながり」を持てるようにしています。

チーム分けもその一端と捉え、日々の生活に刺激を持ってもらえる様に「つながり」を大切にする意味で続けています。

 

創業以来たくさんの方と苦楽を共にして来ました。

まだまだこの考えを全ての人に浸透することはできてませんが、出会いとつながりを大切にして日々コミュニケーションを取らせてもらってます。

もう10年以上当たり前のように会社と共にしてる人、また一方では1日だけ手伝ってもらい、しばらくお付き合いがない人もいます。

どんな付き合いでも、その日、その時を共有させてもらい、今を刺激のあるものにしようと考えています。

なので自分には曜日も月の概念はありません。

毎日が仕事であり、休みでもあり、リフレッシュできる時間でもあるのです。

 

心機一転、4月から2020年の新体制で臨みますが、どんな苦難や喜びが待っているかワクワクします。

当然ながらどんな1年になるのかドキドキしてるのは否定できませんが、苦境や困難を今から心配しても始まらないので、後悔しないように日々を大切にしていこうと思います。

必ず結果は付いてくると信じてます。

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損してますか?

昔からの言葉で「損して得とれ」ということわざがありますが、実体験したことありますか?

これは簡単なようで実行するのが難しい事ですが、

「損」と聞くとWIN&WINでなく不公平感がありそうな気がします。

「損」を別の言い方すれば「先行投資」です。

ビジネスも人生も「リスク」が付きもので、損をしなければ、ノーリターンなのです。

「10もらって、9あげる」

このモデルを継続してても繁栄はありません。

「10もらって、11あげる」

物理的にはこれを継続することはできませんが、モノじゃ無ければ12でも13にでもなるのです。

 

昔話で、ある托鉢の人(笠をかぶったお坊さんが手に鉢をもって家々を回りお布施を頂くという行)がお釈迦さまから「お金持ちの家ではなく、貧しい人たちの家を回って托鉢をしてきなさい」

と言われたのですが、弟子たちは「お布施はお金持ちの家に行くのが常識ではないか?」といいました。

しかしお釈迦様の思いは別のところにあり、

「貧しい人はなぜ貧しいのか?」

それは自分の為にしかお金や力を使わないからであり、その人たちに「与える喜びを味わってもらう機会を生み出すのが托鉢の目的だ」と諭しました。

 

悪い事の例えになるが、「身から出たサビ」「天に向かって唾を吐く」

これらが示すように、何でも自分が起こした行動の結果が自分に返ってくるということです。

いいことをすれば、いいことが起こり、悪い事をすれば、悪い事が身に降りかかるのです。

 

損となると難しい様に思ってしまうが、「人に喜んでもらう」ということなら何でもできそうな気がすると思います。

「いい人」になって利用されるのではなく、自らの先行投資の為に喜んでもらうのです。

 

みなさんは参拝しに行った際どんなことをお願いしに行きますか?

健康、安全、厄除け、商売繁盛、家庭円満

おさい銭を入れて「お願いします、お願いします、お願いします」

別に悪いとは思いませんが、本来「がんばります」「見守っててください」ということを優先し、その恩恵として運気が上がることを願うのです。

「お願いします」だけでは「お金持ちになりますように」的なタナボタを願っているようなものなのです。

これでは運気が上がる兆しはありません。

 

日々の感謝と共に、人に分け与え、手を貸して助けられる余裕を持ち、損をすることで運気を引き込むのがベストなのです。

健康であること、楽しいこと、晴れること、事故が身に降りかからないこと

全てが分け与えた結果だと思います。

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目からウロコ

これまで知らなかったことをある事がきっかけで知ったり、思っていたことが全然違っていた事だったりと、衝撃の事実を知ることはよくあります。

 

知ってたつもりで知らなかった恥ずかしい事例だと、「雰囲気」という漢字の読み方。

パソコンで“ふいんき”と打つと出てこない。

「必至」を「必死」と勘違い、「執拗」“しつよう”を「必要」と思ってた。

「月極」を“げっきょく”と打つと、“つきぎめ”の間違いでは?と教えられる。

これは自分の中で解決できた恥ずかしいネタだが、他にも間違って覚えてる漢字は多々あると思う。

今の時代スマホで何でも変換してくれるので問題無く過ごしてしまう事が、「えっ!?そうなの」と知らなかったことがまだまだいっぱいある。

パソコンのキーボードで「っ、ぁ、ぉ、ぅ、ぇ」などの促音(そくおん)を打つ際、「xtu」で“っ”「xa」で“ぁ”と、最初に「x」を打つ方法と「ltu」っ「la」ぁ「lo」ぉ、など最初に「l(エル)」

を打つ方法もある。

これを知らなかった時は「tt」と同じ文字を2回打てば“っ”と出てくるのでそれだけ使っていた。

他の字は打てないので、使わない。。。

 

言葉は本当に難しい部分が多く、知り得てない言葉がまだ多々あると思う。

「煮詰まる」と「行き詰まる」を間違えて使っていたことが数年前に知った。

あと最近耳にする言葉で「むりくり」

この言葉は知らずに使っていたが、北の地域の方言らしい。

意味は「無理矢理」「無理に」など使い方的には間違って無さそうだが、いつから自分がこの言葉を使うようになったのかはわからない。

 

違う分野での「目からウロコ」はダイエットの方法で、「糖質制限ダイエット」というのがある。

これは今までダイエットではNGとされているコレステロール爆弾のマヨネーズ、チーズ、玉子がOKなのです。

要は糖質が含まれなければ制限無しということ。

これには驚きと喜びがあり、衝撃的な情報でした。

 

あとネガティブな言葉も解釈の仕方で前向きの言葉に変わるという例ですが、「三日坊主」という言葉は3日しか続かなかったという意味だが、「三日坊主で飽きたら、また始めて三日坊主して、それを繰り返せばいいでしょ」と、言葉も取り方でイイ意味に変わる。

 

「目からウロコ」というのは「新たなる発見」的な学びとなるか、ただの雑学の補填にしかならない場合と2側面あるが、知らない事を素直に修正し、変えることができる人は成長ができ、人の言うことを素直に聞かない人はある程度までしか成長できない。

好き嫌いで対応していたら情報も偏り、「井の中の蛙」状態にもなりかねない。

嫌いな人の話は無視するのではなく、反面教師として学びの心で対応するとおもしろくなってくる。

ダメな人を見て学ぶ事ほど有益なサンプルはない。

もしかしたら、ダメな人から学ぶ「目からウロコ」の方が多いかも知れない。

 

「この世にサンタクロースはいない?」

そう思ってる人は寂しいですね。

信じてる子供がいるなら「この世界のどこかにいる」ということで良いと思いませんか。

誰に迷惑掛ける訳では無いのなら。

何事も決めつけて考えていたら「目からウロコ」の発見はないです。

UFOが飛んでいても飛行機と決めつけ見過ごしてる可能性は大で、じっくり観察してる人は色々な発見をしているのです。

 

様々なことに興味を持ち、分析してみるとそこには色々発見があり成長の扉が待っています。

決めつけや、選り好みや、こだわりで、子供のような学びの心を忘れていませんか?

子供は心も体も知能も毎日成長しています。

大人は日々成長してますか?

何もしなければ老化するだけです。

成長では無く、衰退です。

もし自分が成長を欲してないとしたら今すぐ猛省し考え方を変えてみてください。

そうしたら「目からウロコ」があるかも知れません。

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