とらまぐ-社長ブログ

とらまぐ通信の社長コラムを掲載しています。
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ルールブックには載ってない

ビクトリーロード
この道  ずっと行けば
最後は  笑える日が  来るのさ
ビクトリーロード

 

ラグビーW杯にはたくさんの興奮と感動をいただきました。

サッカーのW杯と違ったのは、選手の裏側(ロッカールームや私生活)などがテレビで見れて、かなり選手に親近感が湧きました。

そうした番組を見た後に試合を見ると、家族や友人を見る感覚に近く、一緒に感動して喜び、苦労や悲しみを共有でき、自然に涙が流れてきてました。

スポーツを観てこんな感覚になったのは自分が選手としてやっていた時以来で、不思議な時間でした。

 

ラグビーは対戦相手を尊重する気持ちが顕著に見られ、本当に心が洗われる気持ちになります。

プロレスラーの様な選手がお互いリスペクトして威張らず、謙虚で優しく、選手としても人間としても素晴らしいのがラガーマンの印象になりました。

 

前大会で南アフリカが日本に敗れた時や今大会予選でスコットランドに勝った時に負けた選手が列を作って日本選手を称える光景は胸を熱くさせました。

また、試合でレッドカード退場処分になった選手が試合後に相手のロッカールームに謝りに行く事はサッカーなど他の競技では考えられない紳士的な行動です。

スタンドのサポーターも特別で、敵味方混在して応援する光景は平和そのものです。

相手選手を“けなす”こともせず、逆に良いプレーには拍手をして相手選手をも応援するのです。

これらはいつから行われているのかわかりませんが、ラグビーという競技に関わる人たちは自然とそうした行動ができる、ルール以外のマナー精神を持っているからなのでしょうか。

日本の武道にもある「礼儀」もそれに通じるところはありますが、これがルールブックには無いスポーツマンシップということかも知れません。

 

 台風19号で試合が中止になったカナダ選手が 被災地に出向いて手助けをしてる姿は人間としてカッコよく、尊敬する象徴です。

その選手がインタビューで「ラグビーより重要なことをやらせてもらってる」という言葉には本当に感動させられ、自分がちっぽけに思え恥ずかしくなりました。

 

外見やプレーが格好いいからと真似する人は多いが、「行動」や「生き様」こそ、素晴らしい人の真似をするべきと痛感しました。

真似できるレベルになるまで時間が掛かりそうですが、、、。

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それってどうなの?

先日取引先との電話のやりとりで、「○○が記入されてないので早急に教えて下さい」と、高圧的な感じで言われ、一瞬記入し漏らしかとよく考えたら、間違いなく記入しているので「何枚目の右に記入してあるので確認して下さい」と伝えた。

いきなり確認もせず、しかも「早く対応しろ!」的な感じって、どうなんですかね?

 

レストランでコップにゴミが浮いてたので店員に「こんな不衛生な店の料理はお金払いたくない」と凄んでタダにさせようとする人。

これって、どうなんですかね?

 

公園の駐車場に車を止めて荷物を下ろしてる時、すぐ側を家族が子供とボールを蹴りながら歩いていてボールを車にぶつけてしまった。

車は傷ついてない様だが子供がボールを取りに来た時、親に「謝るのが常識だ」と伝えたら、「子供がやったことだから」と機転がききすぎてる回答。

これってどうなの?

 

 

テレビで「スカッとジャパン」というあらゆる場面で出てくるクレーマーを一蹴してしまうスカッとする番組があるが、まさにこれと同じ様なシーンが日々至る所で起きてるのは恐ろしい。

  なんで自分の思い通りに行かないと人のせいにするのか?

  なぜその言葉を出したら“もめる”原因になることに気が付かないか?

  そんなこと言っても何も解決しないことがわからないのか?

  その言葉が自分を惨めな人間にすることに気が付かないか?

  その言葉、その行動が後に自分に降りかかることが想像できないのか?

 

後で失敗したと後悔や気づきもありますが、その時に気づきたいですね。

自己満足、ストレス解消、イライラ発散、、、人を傷つけてしまう前に抑えられないものか。

 

これが問題になってる「あおり運転」とリンクして、煽った方、煽られた方、双方に原因があり、それが何も解決されないままになってしまうのを我慢できず煽って暴力行動に出てしまう気持ち的には理解できるが、その行動は理解できない程幼稚で理性のかけらもない恥ずかしい大人だ。

 

人間誰しも怒りの感情が出てくることはある。

それをどう表現するか、それとも出さずにクールに徹するか。

 

自分の親や、先輩、上司が、「店員にモンク言って300円安くさせた」と、自慢げに言ってきた。

こんな行動を取る人を尊敬できますか?

 

何でも我慢するのがいいのでは無く、大人として、社会人として、若い人の手本になる人として、相応しい言葉、行動が必要と感じます。

 

世界では平和な今でも国間でもめ事が起きてます。

韓国と日本、中国とアメリカ、

その国の中でも政治家が政党同士で粗探しをしてわざといざこざを起こしてるように見えます。

会社でも、学校でも、あらゆるところでもめ事が起こるのは何故か?

 

先日環境問題に対し子供が泣きながら訴えてました。

「地球はみんなが生きていく場所」なんだと

国、会社、個人の利益の為に環境を破壊してたら生きていけなくなる。

社会インフラが整備されようが、高層ビルができてリッチな暮らしができても人が生活できなくなったら意味が無いと訴えていた。

 

もめ事も同じで、そこで自分の主張が通ろうが関係無い。

みんなが快適に生活できる場をみんなで作り上げる、その気持ちが世界平和をかなえる基本的なことで、これは大人より子供の方が知ってる事実。

 

ラグビーW杯日本大会 日本善戦してます!信じられないチームワークを発揮して、勝利を重ねてます。

One for all, All for one

「一人はみんなのために、みんなは一つの目的(世界平和)のために」

 

これが世界共通の合い言葉になれば、と節に願いたい。

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人生はギャンブル!?

起業した会社の生存率はどのぐらいか?

1年後 ・・・ 50%

3年後 ・・・ 30%

5年後 ・・・ 15%

10年後 ・・・ 5%

20年後 ・・・ 0.3%

30年後 ・・・ 0.02%

 

店を開いたり、独立して会社を立ち上げたりして1年持つのが約半分

5年後には100軒の中で残るのは15軒

20年後だと1,000軒に3軒

30年後だと10,000軒の中でたった2件

 

当社はもうすぐ20年を迎えるが、この統計からするともの凄いラッキーのように思える。

また創業した時期、年齢、そして『運』が良かった。

ウインドウズ95が発売され、これからインターネット社会が来るという時期だったので通信関連の仕事が次々と出てきて人不足の状況が続いた。

当時31歳だったこともあり、人の3倍仕事した。

日中現場仕事をして夕方から夜は打ち合わせ、夜は請求書などの事務仕事をして、土日も休むことなく没頭していた。

でも仕事をしていた感覚は無く、将来のビジョンもなく、ただ必死に行動していた。

今考えると、自分のしてることがダイレクトに結果に結びつくことが刺激的でやり甲斐を感じていた気がする。

一言で表現するなら「セレブが集う別荘地に開業した」という感じで、苦労はあっても今までに味わったことのない人との出会いや体験の全てがモチベーションアップになった。

それまでの人生で心から『やった!』と喜んだのはサッカーの試合でシュートを決めた時ぐらいだったが、独立してからは毎日その喜びに満ちた気持ちだったので、忙しかったが充実して楽しかった。

 

この人生を手に入れたのはサラリーマン時代から「問題意識を持っていた」ということが今につながる。

自分は13歳ぐらいから教員や先輩、そしてサラリーマン時代には上司や社長、お客さんを見ていて、「なんでこんなことしてるのか?」「なんで無駄なく効率的にやらないのか?」「なんで仕事をさぼってるのか?」など常に問題意識(疑問)を持っていたから会社員を辞めて独立して自分の思うようにやろうと動いた。

それがギャンブルかどうか考えることもなく創業できたので始めから勢いがあったのかも知れない。

 

宝くじの当選確率は100万円でも 1/10000なので、起業するより難しいように感じるが、当選してる人にはある共通点があるらしいので調べてみた。

それには運を呼び寄せる、運を掴む要因がある。

 

◎高額当選の前に10万などの少額当選している

◎買ったことを忘れていたら宝くじが当たった夢を見て思い出したら当たっていた

 

あと、身の回りをキレイにするとか、ナンバーズでは同じ番号をずっと買うとか、当選した人には運を引き寄せる行動や考えがあることは間違いない。

まず買わないことには当たるはずが無い。

 

人生の中で数パーセントしかラッキーになれないと思うと諦めてしまうが、99%以上の人が人生でラッキーになれない事実を考えれば、少しの事でも「ラッキー!」と思える。

好きなものを買って、不自由なく生活できる事がずっと続く人は数パーセント。

ならば人生で1回でも多く「ラッキー!」「やった!」「最高!」と思える瞬間があればいいと考える人の方がこのギャンブル人生では勝ちにつながる可能性が高い。

 

どう行動するかは自分次第だけど、運を引き寄せようと思ってない人はそれなりの運命ということで、これから差が開いてくるのは間違いなさそうだ。

 

何かを変えようとすると難しいので、運を引き寄せる為のアクションを起こすと考えれば何をやればいいのか答えは出てくる。

環境や他人が運を運んできてくれるのではなく、自分で行動する事が重要になる。

GOOD LUCK!

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ウソは善なのか?悪なのか?

いままでで人に言えない、誰にも話してない事っていくつありますか?

 

誰でも1個はあると思います。

また自分だけではなく2,3人での秘密というのも持っている人もいるでしょう。

「この話しは墓場まで持って行こう」と誰にも話せない秘密を共有する時のセリフがドラマとかでありますが、一方「これは誰にも言わないでね」とシークレットな内容を話してしまう場面もよくあります。

そのシークレットな内容にもよりますが、秘密にする事って大抵「悪いこと」が多い気がします。

秘密とか誰も知らない事というのはネタとしては最高の話しなんですね。

だから最近のテレビ番組の内容では「警察24時間密着」とか「世界丸見え・・・」とか「スクープ」とか、雑誌では「週間文春」がスクープのメッカで、みんなが注目する記事を出します。

最近のニュースでは吉本興業の問題が取り上げられてますが、真実は本人しかわからないのにコメンテーターが予想で話してるのを視聴者が真実と受け取ってしまうケースも少なくありません。

その様々な真実を知りたいとは思いますが、所詮他人事です。

知ってどうなるという訳ではありませんが、それを日常生活に役立てることもできます。

例えば「詐欺」。ニュースなどで報道される内容を見ておけば、騙されそうになった時に気が付く事ができ、被害に遭わなくて済むという利点があります。

でもいつもウソをついてる人や秘密を多く抱えてる人は、そうしたネタには関心が薄いので知識が無く騙されるケースが多いという話を聞いたことがあります。

 

ところで日常でウソのない世界ってあるのでしょうか?

答えはNOです。

この世の中はウソばっかりです。(どうした? と思われてしまいそうですが・・・)

「あの人は本当にマジメで・・・」という人も、「あの男は信用できる」という人も、絶対ウソをついたことは数え切れないほどあるはずです。

と言っても、その様な人がつくウソは人を傷つけたり、騙したりするような“悪いウソ”

ではありません。

だからウソをついても後ろめたい気持ちにならず、罪悪感もゼロです。

でも悪いことを隠してる場合や人を傷つけてしまうウソの場合はずっと罪悪感を持ちながら生きていくことになるのです。

その中でも善人は、「いつかカミングアウトしてスッキリしたい」というのが普通の心理かと考えます。

だけどそれがカミングアウトできない弱さも理解できます。

これを言ったら人生が終わりだ。。。

こんな事バラしたら友達もいなくなる。。。

真実を話したら嫌われて馬鹿にされる。。。

様々な恐怖がカミングアウトできなくしてしまうのです。

でも、上記にも書きましたが、それを言わないからと困る人がいなければ言う必要は無いのです。

「ウソと真実は全て自分の中にある」と考えれば全てがクリアになります。

 

自分は幼少期から常に「先祖が見ている」と言われて育ちました。

なので悪い事があったら「さっき友達を嫌な思いにさせたからバチが当たった」と思い、何か魔が差しそうになった時はいつも「見られてる」と思い、踏みとどまる様になりました。

それでも何度もバチが当たってますが。。。

 

そんな気持ちも忘れかけてたある日、テレビでプロゴルファーが思いがけないことを言ったのにビックリ。

ゴルフでバンカーショットという砂場から打つ事があるのですが、打った後マナーで砂を平して行くことになっているのですが、普通は適当に“さっ”とやって行ってしまうところ、そのプロは「次に入った人が打ちづらくなるからキッチリ平して行く」と言って足跡1つ残らず、しかも自分が荒らした場所じゃ無いところも綺麗にしていたのです。

そしてそのプロは「こうして綺麗にした行いが自分の次の良いプレーにつながる」と、自分の運を上げる為だと。

これが逆に「誰も見てないから適当でいいや。。。」としてもスコアは変わらないかも知れません。

でももしスコアが最悪になったら、「あの時キッチリ平しておけば・・・」と後悔する事になります。

しかしこれは自分の事なので、それ程迷惑掛けてる訳ではなければキッチリやる必要はないのです。

それに罪悪感を抱いてしまうかどうかは全て自分の心の中になるのです。

悪と正義は全て自分の中にあり、ウソか真実かは誰かに見られてるのです。

 

悪いウソの罪悪感を抱えた人生ではなく、自分にウソのない、スッキリ晴れた正直人生が送れるよう日々善の貯金をしてい行こうと思います。

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〜 幸せな人生 〜

先日97才のおばあちゃんがテレビに出ていて、凄いしっかりした応対で、

その明るく元気の源は何かを聞かれた回答が「やっぱり」と思うことでした。

その回答は『長生きするには毎日楽しく過ごすこと』。

ウソの無いおばあちゃんの明るい笑顔は誰が見ても幸せそうでした。

毎日楽しく過ごすことでいい連鎖が起こり、その結果健康で長生きできるということが確認できた映像だった。

 

悩みが無い 楽しく過ごす 健康 長生き

 

でも、この連鎖の一番始めにある「悩みが無い」日常はどうすれば手に入れられるのだろう?

そこもおばあちゃんがサラッと語っていて、その回答は究極で、そしてシンプルで、「それなら自分もできる」と思ってしまうことですが、実行するのは難しく、世界のほとんど人がそれで悩んでることです。

 

それは何か・・・?

答えは「お金」です。

当たり前すぎることで、お金が無ければ生活が苦しくなる。

お金で悩まないために仕事をする。貯金をする。

でもこの回答の「お金」の意味はそうでは無かったのです。

正しくは「お金に執着しない」ということ。

もめ事のほとんどが「お金」に絡むことで、お金に執着しなければもめ事が無くなり悩みも無くなるという連鎖なのです。

これは究極の連鎖です。

 

質問で、「宝くじに当たったら何を買いますか?」と聞くと、みんな正直に高級車、家、高級時計、アクセサリー、ブランド品、旅行、、、というような答が一般的ですが、この人たちはお金で揉めません。

それとは別に、「高級車とかには興味が無い」「寄付する」「何かに投資する」という一見余裕がありそうな回答をする人が実は揉めるケースが多いのです。

不思議な気がしますが、この人たちはお金を持ってる人を嫉む傾向にあるのです。

自分は「お金持ちと同じように、車や高級品は欲しがらない」という心情が働くことから本心ではお金が欲しいのに、「お金を儲けるのは悪だ」と思ってしまうのです。

この心は嫉妬となり、もめ事に発展してしまうのです。

 

とは言え、お金は重要です。

この現代でお金が無いと苦労します。

だからといってお金に執着すると悩んでしい、健康を害し仕事ができなくなる。

ならばお金はそこそこで、楽しく過ごすことを考えた方がよっぽど得になる。

それに気付けた時から幸せが舞い込む日々が続くでしょう。

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