とらまぐ-社長ブログ

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−それじゃダメだ 目標設定のまちがい−

2019年になってもう半年

令和になってもう1ヶ月

誕生日を迎えて数十回

 

今年からダイエットしよう!

今月から筋トレしてバキバキに鍛えるぞ!

時間を作って資格取得するぞ!

売上アップし成長するぞ!

趣味を増やして交友を増やすぞ!

 

など何かにチャレンジしようとする時には必ず設定するタイミングがあると思います。

つまりきっかけを作る訳ですが、これって毎回設定してもやり始めるタイミングができず、結局やらないこと多いですよね。

これはみんなにあることなのでご安心を。。。

ただ、せっかくやりたいことがあるのにできないまま終わってしまうのはもったいない気がします。

では、なぜできないのか考えた時、できるようにするポイントがあったのです。

 

まず目標を具体的に、そして簡単なことから設定するのです。

「ダイエットする」という漠然とした目標では、いつまでに、何キロ痩せるのかが明確でないので始めるきっかけが弱いのです。

 

目標を設定してそれに向けてストイックにできる人がいます。

そのできる人は自分に厳しく根性がある人だけが結果が出せるのかといったらそうではない気がします。

逆に体力や根性があればなんでもできる訳ではありません。

勉強や経験は1日では結果が出せないのです。

目標設定されることの多くが地道にコツコツやらなければできない事なのです。

 

ということで、毎日3時間ランニングするとか、ハードルの高い目標設定はせず、気楽にすぐ始められる事をコツコツやっていく事が長続きし、目標達成につながるコツなのです。

エレベーターを使わず階段を上る、駐車場は店舗から一番遠くに止める、など簡単な事から始めるのです。

それができることで目標をクリアすることがクセになり、次の目標を設定してはクリアし、また次の目標へ、、、といういいループができることで最終的な目標に少しずつ近づいて行くのです。

 

そしてチャレンジを簡単に始められるタイミングとは、、、

「いま」です。

歩いてる時、車に乗っている時、テレビを見てる時、ご飯を食べている時

その何かを「やろう」と思った時から始めればタイミングは逃しません。

いつからやろうでは無く、思った時からスタートするのです。

それなら別に気負わなくてもできます。

「来週から始めるぞ!」とか決めなくていいのです。

 

ところで、目標を低く設定しても意味が無いと思う人も、設定を高くするのでは無く、設定数を増やせばいいのです。23個同時にすればハードルも上げられます。

そんなこと言ったって、忙しいし、体力も無くなってきたし、やりたいことも無いから

そう思う人は、それがベストなのでそれでいいと思います。

いま生活してること自体が頑張ってる証拠だから。

でも、本当はやろうと思ってる、やらなければいけない、変わらなければ、、、

そう思ってることは本当に無いですか?

 

変化のある魅力的な人生は、刺激的で本当に楽しいです。

緊張したり、ドキドキしたり、興奮して寝れなかったり、、、

子供の頃って毎日が刺激的だったと思います。

そんな日々をまたリピートしましょう!

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令和での思い出作り

 令和での思い出作り

 

昭和 ・・・ 幼き日〜学生時代

平成 ・・・ 社会人としての歩み

令和 ・・・ 人生を楽しむ

 

時代を10年刻みにしたら、今の自分がどのようにして現在に至るのかが良くわかる。

こんなに自分の歴史を振り返ったことは無かったので、令和を過ごす上でとても参考になり、未来の自分を想像しながら色んな事を選択、決定できる気がする。

 

10年を振り返ると感覚的には「もう10年か・・・」と思えるが、10年間の中での出来事を思い返してみると、「これもまだ10年経ってないの!?」っと驚きに近い物事がたくさん出てくる。

 

平成の30年間で実行できなかった、達成できなかったことを落とし込み、実行することが大切で、その当時は年齢的にも、経験的にも、環境的にもできなかったことが、今ではできるようになっている可能性が高い。

また、この機会を「ターニングポイント」としてもいいチャンスになる。

毎年正月に豊富を決めたりするが、それは1年の単位での目標になるが、年号が変わる今回は一生に何回も無い機会で、この時代をどう生きるかの考えによって令和の充実度合いが決まると言っても過言では無い。

 

令和時代を最幸に過ごす為、分岐点をベストチョイスして、令和を特別な輝かしい人生の一幕にしたい。

平成に変わる時は20代で、元号が変わることがこんな特別なこととは思ってもなかったが、30年越しの今では考え方も環境も変わってる。

選択するスキルが身についてる今でこそ、大切なことを令和で実行して、大きな飛躍に結びつけたい。

 

 

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◆◆◆ 運 気 ◆◆◆

2度ある事は3度ある」昔からよく使われる言葉です。

悪いことに当てはめて使う場合が多いように思えますが、良いことにあまり使われないのは、嬉しいことが何度も続くケースってまず無いですからね。

「宝くじが当たる!」

1度ある事は2度ある。 これって言わないかぁ。。。

でも嬉しいことは続いて欲しいです。

 

先日知人が富士吉田にある「新屋山神社」に行ってから良いことが立て続けに起こってるという話をしていました。

・仕事で大手とつながった

・車をもらった

・良い人脈と巡り会えた

これが1年もしないうちに起こった事実です。

 

この神社は富士山の麓にあり、金運が上がるというパワースポットで有名ですが、そんなに簡単に金運が上がるのなら是非“あやかりたい”と下心が前面に出てしまうのは私だけでは無いと思います。

大田区の羽田にも「穴守稲荷」という商売の神様がありますが、ここは会社設立の時にお参りして運を掴みました。

そう見ていくと「神頼み」が良いのでは無く、運を引き寄せようとするその「前向きな気持ち」が自然と良い方向に導いてくれるのでしょう。

 

運を引き寄せるのは自分の行動が関与していて、普段から良い行いをしていれば身の回りの気がアップして何事も良い方向に進んで行く流れが作れるのですが、逆に悪い行いをした時は、濁った臭気が漂い「罰が当たる」的に何度も悪い事が起きる。

それは風邪をひく時も一緒で、
>部屋を掃除してない

>不規則な生活をしている

>不摂生な食生活

これこそ「不」の連鎖の当然の結果です。

知らず知らず、悪い運気を引き寄せてしまっているのです。

 

お守り、絵馬、厄除け、参拝など神様、仏様頼み的の事や、日常生活で取り入れるルーティンや「願掛け」も「上手くいって欲しい」という願いには変わりありません。

その反対で何も考えず、負のオーラを出しながら生活してる人の側にいると、その悪い気が自分に移ってしまうことがあります。

差別でもイジメでもありませんが、運気が悪い人と一緒にいると自分も巻き込まれてしまいそうな気がする、いわゆる「腐ったミカン」を懸念します。

 

自分は日常生活で負の運気をもらわないように色んなことを実施してます。

・車、鞄、身の回りはできるだけ整理整頓する

・財布は札が同じ方を向くように入れる(内側が万札)

・毎日朝晩18秒の瞑想

・縁起の悪い人の名刺は捨てる

 

他にも細かいルーティン的な事を実施してますが、負の気は排除できてる気がします。

負のオーラは背負いたくないですね。

 

負の運気の「クリーンアップ作戦」も大切だけど、やっぱり良い運気を引き寄せるのがベストです。

日々良い行いをして、運を引き寄せ、人生おみくじで「超大吉」が出るまで願掛けしていこうと思ってます。

 

ちなみに「おみくじ」はいつもやりません・・・。

凶が出るのが嫌なので。

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アカデミー賞

2019年アカデミー賞授賞式が米ロサンゼルスで行われ、映画『グリーンブックマハーシャラ・アリ(45)が2度目の助演男優賞を受賞した。

マハーシャラは地位と名誉を手にしているゆえに白人、黒人からも疎外される天才ピアニストを演じたが、実際の自分とは真逆の人間だった為、性格を全て入替えて撮影期間はその人間になりきったとスピーチで語っている。

 

よく「二重人格」とか「運転すると人が変わる」とか「酒の力を借りて」と、人間には色々な人物に変身できる特性を持っている。

どっちが本当の自分かは判断できない程、それぞれの人格が深い関わりを持っている。

「人が変わった」と言われるには“真逆”の性格が表れたからで、少しの変化では「何かいいことあったか?」程度にしか思われない。

この少しの変化は通常なので自分でも驚かないし演じる必要も無い。

でも、意を決して行う場合や人前に出て発表する場面では、少なからず自分を奮い立たせる必要がある。

テンションが下がったままではそれなりの結果しか望めないどころか、酷い場合は非難を受ける。

 

20代の頃「営業職」で売り込みをしていた時期がある。いわゆる「営業マン」だ。

この経験が無ければ今の自分は無いかと思えるぐらい勉強させてもらった。

初対面の人と会話をして打ち解け、自分を知ってもらい、自分を気に入ってもらい、最後に商品の説明をさせてもらう。

いきなり商品を出して説明したどころで買ってもらえる筈はない。

その相手は十人十色、千差万別。

正直苦手な人や嫌いな人とも会話しなければならないのが営業マンなのだ。

飲食業(レストラン)で接客をしたことがある人は経験してると思うが、お客さんを選べないので、全ての人にサービスをしなければならないのです。

この仕事を簡単にできてしまう人は営業のプロフェッショナルになれるし、気遣いできる人でもあり、その上級になると「演じること」ができるようになるのです。

・楽しくなくても「笑顔」でハキハキと

・いつもジーパンしか履かないけどスーツや制服を着て仮装する

・声のトーンを少し上げて、ゆっくりと、安心できる話し方

これらができれば接客の達人です。

達人では無くても演技ができれば相手も心地よくなり、物事がスムーズに進みます。

「人間的に好きじゃ無い」

「基本的に気が合わない」

「何やってもできないから一緒に仕事したくない」

そこから入っては楽しいことも苦痛極まりないことです。

 

自分はいつも「おもしろくて話してると元気が出る人物」を演じてます。

そうしているうちにそれが“演じる“のではなく”自然“になってくるのです。

お笑い芸人は日常生活でも大きな声でギャグをやって、明るく場を盛り上げてるのではなく、お客さんの前で「バカ」を演じているのです。

暗くて陰湿な人間に思われることも決して悪いことでは無いですが、それで周りの人が嫌な気持ちになるのであるなら、少なからず人前では「その空間や時間を楽しむ」気持ちでいるのがベストだと思います。

 

でも自分の気持ちを押し殺していたら「ストレスが溜まって爆発する」となりがちですが、それは逆で、演じているうちに楽しい気持ちになりストレスも感じなくなってくるのです。

営業や接客をすることがなければ演じようと思うことは無いかと思いますが、それはその場面だけしか見えてない証拠で、「ハッピーマイライフ」という映画の主人公をずっと楽しんで演じることができればリアルアカデミー賞を受賞でき、しかも本当のハッピーエンドが待っているのです。

 

仕事もスポーツも勉強もできるスーパーマン

モデルのようなスタイルも性格もいいスーパーマン

様々な場面のキャスティングで注目を集める人たちはどこにでもいます。

その人たちより目立ち、チヤホヤされることは不可能です。

 

そんなことを考えなくても人生の主役は「自分」なのです。

何があろうとも主役は変わらないのです。

さあ、自分が主役の「ハッピーマイライフ」の台本。

どんなキャラで演じますか?

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〜裸の王様〜

童話の「裸の王様」の内容はご存じの通り、見栄っ張りの王様が詐欺師の仕立屋に最高級の洋服と言われ、「馬鹿な人には見えない」という透明の服を着ていたら子供に笑われた。という話ですが、現代にも同様の見栄っ張りで、外見や地位とかプライドだけで生きてる、現代版の『裸の王様』がいます。

 

現代版 『裸の王様』を物語にしてみると・・・

 

田舎から上京し、金持ちになって、高級車に乗り、豪邸に住み、ブランド品をまとい、毎日優雅な生活をすることを夢見る1人の男がいました。

その男はまずお金を手に入れる為に昼夜働き、そのお金を株やギャンブルに投資して増やそうと必死にがんばりました。

お金を稼ぐセンスがあるこの男は徐々にお金を増やしていき、同年代の5倍の収入を得るまでになりました。

次に男は富裕層の仲間入りをして人脈を作るため、高級クラブや料亭に通いチャンスを狙っていました。

それには高価な服とバック、そして高級車が必要と思い、借金して揃えました。

その豪遊ぶりはまさに成功者そのものでした。

周りの女性は金目当てに寄りつき、また金を引っ張ろうと近づいてきた人間もいました。

そして自分がセレブだからみんなチヤホヤしてくるんだと勘違いして浪費する悪循環へ入り込むのです。

 

一生懸命仕事をして稼ぎ、高級品を手に入れ人脈を作れたのは良かったが、その先のビジョンが曖昧だった為、借金地獄になるまでに時間は掛かりませんでした。

 

何の為にお金持ちになるのか?

見栄やプライドの為にお金が必要だったのか?

 

お金が無くなると周りから人は去り、高級マンションからマンガ喫茶生活。

食べ物はバイト先のまかない。

男はどん底に落ちた気持ちになっていました。

 

ある時バイト先の店長が男を釣りに誘いました。

釣りなんて趣味でもないけど付き合いだから行ってみることにしました。

待ち合わせ場所はクルーザーが何隻も停泊してあるマリーナでした。

その中で一際大きなクルーザーから店長が男に声を掛け、状況が飲み込めないまま乗船し出港。

店長は自分の好きな釣りの為、コツコツ貯めた貯金でそのクルーザーを手に入れたのです。

普段お客さんに頭を下げてる店長の姿からは想像できないカッコイイ海の男がそこにいて、初めて男惚れしたのです。

こんな人間に自分はなりたかったんだと気づいた瞬間でした。

自分は見た目ばかり気にして、服装や外見で取り繕うとしてたことが恥ずかしく思え、涙と波しぶきで顔が濡れていました。

 

外見を気にして高価なものを身につけることが人生の勝ち組だと思っていた自分が如何に愚かだと痛感すると共に、自分で格好いいと思って着ていた服は、実は薄っぺらな空想の鎧(服)を着てるだけだったのです。

服はただの布です。高価だろうが見栄で借金して買ったものは空想の鎧と一緒です。

本当の姿がわかった時、周囲の人は、その男が裸に見えていたのです。

これが現代版「裸の王様」です。

 

今の日本をここまで成長させた立派な経営者たちは、「ボロは着てても心は錦」と、何を着るとか、どんな高価なものを買うとかではなく、「どんな人生を送るのか」そこを重要視していたのです。

どれだけの人間なのかは、いくら着飾っていても、背伸びしててもすぐバレます。

 

本当に凄い人は何を着てても格好良く見えるものです。

ただTPOはこの話とは別で、冠婚葬祭でTシャツにジーンズでは恥をかくだけです。

また形から入る人もいますが、まず内面を磨き、実力も負けない様にしたいところです。

外見にお金を掛けるのではなく、『人生の質』にお金を掛けて充実した日々を送りたいと思ってます。

 

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